じゃあ,発達障害って…(診断編)

前回,発達障害とは「心や能力の育ちかたがデコボコしている」という特性を示しているということを書きました。

心や能力の育ちにバラツキやデコボコのあるひとはたくさんいます。

 

そして,物事はたいてい裏と表のふたつの面をもっているもの。

 

デコボコした特性が「苦手」として現れることもあれば,それが「長所」として活かされる場面もあったりするのです。

 

たとえば集中力が高くて,同じひとつの作業をずっと続けることが得意なひとがいるとします。

 

もしもこのひとが飛び込みの用事に臨機応援に対応するような役目を任されたとしたら…本来の「集中してコツコツ継続できる」という持ち味が発揮できず,思ったように役割を果たせずとっても苦労すると思われます。

 

でも,ひとつの作業にずっと集中して取り組むよう頼まれたとしたら,黙々と作業をこなして,とても上手にたくさんの成果を残せそうです。

 

ひとつだけ例を挙げてみましたが,心や能力のバラツキが「長所」として活かせたり「苦手」として目立たずに済んだりすれば,バラツキやデコボコをそれほど意識することなく過ごすことができます。

 

実際,自分の能力にデコボコがあることなんて気付きもせずに社会生活を送っているひともたくさんいるだろうと思います。

 

でも,心や能力のバラツキがあることが,そのひとの生活に不利益をもたらすということだってもちろんありえるわけです。

 

自分では何事にも同じようにがんばって取り組んでいるつもりなのに,能力のデコボコのせい(だということに本人は気付いていない場合も多いわけですが…)で何故か一部のことがどうにもうまくいかなくて苦労する,といった場面が出てくることがあります。

 

こんなふうに,心や能力の育ちのデコボコのために社会適応上に何らかの支障が出た場合,精神医学な意味での発達障害という診断がつけられることになるわけです。

 

本来,「特性としての発達障害」は,能力のバラツキ具合もデコボコのタイプもまちまちな,とても幅広いもの。

 

だけど「診断としての発達障害」は,診断基準に定められた特定のバラツキかたの条件を満たすかどうか,そしてそのために社会生活上に支障があるかどうかで判断されます。

 

「特性」は幼いときから現れて,基本的には生涯続くものですが,経験や学習によって,そしてまわりの環境やライフスタイルや社会のなかでの役割の選択などによって,「診断」基準を満たしたり満たさなくなったりする,といったことは起こりえます。

 

 

・・・ちょっと話が複雑になりすぎたかもしれませんね。

 

発達障害ということばが濫用されて混乱が起きてしまっているかもしれませんが,発達障害の特性をもつことと,発達障害の医学的診断基準に該当することとは必ずしも一緒ではない,ということはぜひ知っておいていただきたいな,と思うのです。

 

ややこしくなってきたので,また次回補足してみようと思います。

 

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